2009年04月05日

チェコのアニメ作家イジー・バルタが日本で講演

 先週の日曜(3月29日)に武蔵野美術大学にいった。チェコの映画監督イジー・バルタの話しを聞くためにだ。当日は雨が降っていて、冷えびえとした一日だった。

 武蔵野美術大学は旧友が通っていた大学で、知り合いにもそこの出身者は多い。ネットで住所を調べると、なんと朝鮮大学のすぐそばである。

 2回ほど乗り換えて小平市の鷹の台駅に着く、駅から続く正面の一本道を抜けると、すぐに雑木林に囲まれた、川沿いの散歩道につながり、そこをてくてく歩く。前に朝鮮大学にいったときも通った記憶がある。それにしてもここには大学がふたつもあるが、そのわりに若者向けのオシャレな店とかほとんどない、地味な街である。たぶん学生も単に通過するのみで地域でたむろしたり、周囲に住んでないのだろう。

 イジー・バルタはシュワンクマイエルに影響を受けたと思われるアート・アニメ系の作家で、作品により表現や技法が変わっている。まったくアニメ的な表現がなく、実写のみものがあったり(このあたりはシュワンクマイエルと共通するが、バルタのばあいはシュワンクマイエルのような粘土のアニメーションの定型的なものは見出せない)、純粋に描画のアニメのような作品がありバリエーションが豊富である。どうやら新作のプロモーションをかねて来日したようだ。

 講演にはその新作長編アニメのプロデューサーも同席して、講演をした。チェコ大使館の職員が通訳をしたが、流暢な日本語で古典的表現(正規表現?)の通訳をしていた。
 
 社会主義チェコの時代は芸術作品を作成して各国の映画祭などで出品して評価を得られれば収益など無関係に制作を続けられたが、民主化により採算を考えなければ制作をできなくなった。少なくとも過去は国家が芸術に対して褒賞するかたちをとっていて、外国からみとめられていれば問題がなかった。その点では内容に立ち入ることもなく自由に制作できていた、資本主義になり制作が困難になったのは事実、と語っていた。
 気になったのは子どもの「見立て」の感覚、遊戯性を評価して、今回のアニメはそのようなものに着目して表現したと語っていたことだ。
 
 質疑応答で会場から英語で質問していたイヤミな女性がいた。自分はチェコでアニメの仕事をしたいのだが可能かどうか? ということなんだが、直截バルタ監督に関連のない質問をするとは、ちょっと無礼というか、自己中な女だとへきへきした。

イジー・バルタ監督「捨てない心」説く/『屋根裏のポムネンカ』で18年ぶりの来日 http://www.varietyjapan.com/news/animation/2k1u7d00000kx4ed.html


posted by まど at 13:32| Comment(0) | チェコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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