2009年12月04日

小野耕世『世界のアニメーション作家たち』

小野耕世『世界のアニメーション作家たち』(人文書院 2006年)を読んだ。

もっと前に出されるべき本という気がする。

ここには重要ないま現存するアニメの巨匠たちの声が集められている。

個人的に興味深いのはベルギーのラウル・セルヴェ、カレル・ゼマン、ルネ・ラルー、イジー・バルタ、ポール・グリモー、そしてレイ・ハリー・ハウゼン。


posted by まど at 13:29| Comment(8) | マンガ・雑誌・書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月03日

早稲田松竹で「ポムネンカ」などチェコアニメ

映画の日である12月一日に早稲田松竹でイジー・バルタの「屋根裏のポムネンカ」、チェコアニメ短編集(フェジェスラフ・ポヤル)を観る。

意外とおもしろいかったのがポヤルの短編アニメセレクション。真夜中のおもちゃのパーティを描いた『リトル・アンブレラ』は立体アニメだが曲芸のシーンで2次元と三次元のが相互に入れ替わる派手なところはまるでオプ・アートの美しさである。動きも滑らかだし、技術的にも高度なものがあった。

ポヤルは特にスタイルがあるような感じでもなく、子どものためにアニメを人形や描画にこだわりなく制作していたようで、おそらく大衆的に支持されたのではないか、と思う。

イジー・バルタ監督の新作『屋根裏のポムネンカ』はタイトルどおり、屋根裏に忘れさられているおもちゃやがらくたたちがひとつの社会を形成しているもので、ポムネンカはそれらのなかで人気を博している少女の人形である。

ある日、闇の帝国のボスがポムネンカを発見して、自分のものとして拉致し強奪してしまう。後に残った仲間たちが捜索隊を派遣。力をあわせてポムネンカを救いだす、というもの。

ストーリー的にはどうということのないもので、ここで見所はガラクタたちの生き生きとした動きや不要となったモノたちの活用のされかただろう。たとえば電気ポットはジェット飛行機に<見立て>て使用されるし、ビンのキャップは王冠のような帽子となっている。またボタンは耳になったりしている。また、ポムネンカを探しにでている者たちが、海に見立てた青いシーツによりおぼれそうになったりするシーンも見事であり秀逸である。


この映画はそのような細かいデティールを仔細に観ていくことにより<見立て>の妙を愉しむものとなっている。

そのような事物が動いているさまは、まさにシュルレアリスムの世界なのだ。

惜しむらくは、ポムネンカの顔や声がかわいくないこと。今年イジー・バルタが来日したときに隣にいたプロデューサーが、ポムネンカがあまり可愛くない、との声が周囲にあり、そのことを監督につたえたところ、疑問に付されて、通じなかった、という話があった。イジーバルタって基本的には、そのようなセンスがない、というか、商業映画は撮ったこともないので、ある意味でピュアなのかも。

確かに今の可愛い症候群というかマスコット・キャラクターが氾濫する時代にあって、アナクロ的なつぶらなひとみとおちょぼ口の顔は素朴ではあるが、いまいちかわいいシンドロームの訴求力には届かないのだろう。

またこの映画は子ども向けのつもりなのかどうか? 虫がけっこうでてくるし、目玉の潜望鏡(?)がでてきたり、人間の顔をした虫が耳元でささやくシーンなどけっこうグロテスクな表現もあり、イジーバルタの資質がなんとなく理解できる。つまり人間のアンダーな世界や無意識の領域などに関心があるってことだろう。




posted by まど at 15:46| Comment(1) | チェコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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